サンパウロ

サンパウロを歩く

☆サンパウロを歩く☆


NINAはTICOと一度だけブラジルに旅行したことがあります。

その多くを費やしたのがサンパウロでした。

サンパウロ出身のTICO にとっては一応「帰国」になるわけですが、なんといっても
10年以上日本にいるわけですから、ただの旅行者と変わらないほど地図持って人にいろいろ聞いて・・・

本当にサンパウロ出身なの!? という感じではありましたが、なんといっても
サンパウロは大きさの桁も違うので、その辺は仕方がないのかも知れません。

私が日本から持参したガイドブックの活躍がなければどうなったことやら・・・(T_T)
でもその分、TICOのふるさとサンパウロとはいえ、2人とも旅行気分を味わうことができました^^

それまでイギリスに一年間住んでみたり、ヨーロッパ各国・アジアも少し旅してきた
NINA。 あまりカルチャーショックを受けることもなくなっていました。

でも、ブラジル、特にサンパウロでは今までにないショック(!?)を受けることになりました。

何はともあれ、なつかしのサンパウロ旅行。

各名所の詳しい案内は、ガイドブックにお任せするとして、私の印象・見たものを中心に少しまとめてみました。


◇サンパウロの第一印象

ブラジルの玄関でもありTICOのふるさとでもあるサンパウロ。
空港を出て、タクシーを拾い、予約しておいたホテルへ・・・

日差しの強いブラジルでは、みながみな健康的に日焼けをしているので、3月に行った色白の私たちは
ポルトガル語がぺらぺらのTICOでさえ、単なる旅行者(もしくは病人^^;)と思われていたみたいです。

サンパウロの第一印象・・・「汚いっ×××」 

タクシー運転手とわいわいまるで旧友のように楽しそうにおしゃべりするTICOはほうっておき、
ブラジルだ〜サンパウロだ〜と感慨深く外を眺めていました。

空港を出てほんの2・3分すると、路上のいたるところにペイントが。日本でもトンネル内とか
都会の裏側のちょっとすさんだようなところにペイントがありますが、
とにかくレベルが違います。右も左も書きまくり状態です。

いったいこのすさみようは何???

これからの1ヶ月が不安になってしまいました。


(→その後1カ月の滞在でも私が行った中ではここ辺りが一番ひどかったようで、
あとは無事すごすことができました^^きれいなところもとても多いですよ・・・念のため)

でもやはり、大都会サンパウロ。 美しい風景などを楽しもうと思えば田舎に行くしかありませんよね。


◇リベルダージ地区 (東洋人街)

日本から移民していった日系人の多くは、サンパウロに住んでいます。
その日系人たちに必要と思われるあらゆる物がここに詰まっている、といった感じでしょうか。

そのサンパウロの中でも日系人が集まっているのが、リベルダージ地区です。

ぱっと目を引くのは、神社の入り口でもないのに、でーんっとたっている真っ赤な鳥居。
通りの両端には、ちょうちん型の電灯。

それから、和菓子屋さんや、豆腐・みそ・油揚げ・ラーメンをはじめ日本のスーパーにあるような
普通のスナック菓子などを扱っている食料品店。

ブラジルの他地域の日本料理店では、おすしのシャリがおにぎりのごとく硬く握られていたり、
ぱらぱらの味ご飯を箸で食べさせられたりしましたが、リベルダージの日本食はかなりいけました。

日本の雑誌、新聞もあります。
もちろん、私の日本人顔を見れば「いらっしゃいませ〜」です。

実は、海外で日本人街として機能しているのは、ここと、L.Aのリトル・トーキョーのみなのだそうです。

24hのフライトで体調を崩してお世話になってしまった病院も、日本語ぺらぺらのDr.中野で、
とても安心感がありました。(受付のお姉さんも日本語で話してくれました。
待合室ではTVで、ドラゴンボールが・・・)

でも、よーく見てみると、やっぱりみんな「日系人」であって日本人ではないのだなーと思うこともあります。

たとえば・・・

日本人って別に用でもなければ、家の中にいませんか?
ブラジル人って暇な時は、外をうろうろしているんです。(日本にいるブラジル人もよく何もしないのに外にいますよ。)

通りを歩いていて誰も見かけない、というのはあまりありません。

ここ、リベルダージも同じでした。
おばあちゃん、おじいちゃんがあちこちで噂話に花を咲かせていたりなにやら読んでいたり、ただ座ってたり・・・

日本のほうが断然人口密度高いはずなのに、街はここのほうが込んでいる感じがします。

でもなんだかお年寄りが多いせいか、懐かしい感じがしました。



     リベルダージの鳥居  リベルダージから見た大通り  イビラプエラ公園
                                 
(サンパウロでもっとも有名な公園の1つ)   


◇いざ、郊外へ。◇




いよいよTICOの実家のある郊外へ出発です。

道も知らないくせにレンタカーを借りて赤い土があちこちに見える道を走っていると
(値段も日本と同じくらい高かっただけあり、車は意外ときれいでした!)
 急に異様な光景が現れてきました。

で〜ん、と現れたのは、「ファべーラ」と呼ばれる貧民街だったのです。

聞いてはいましたが、土地や家の手に入らない人たちが、勝手にコミュニティーを作って
あばら家を建て、勝手に電気などを引いてきて、(そのファベーラによっても
多少事情の違いはあるのでしょうが。)勝手に暮らしているそうです。
アパートなどを借りるお金もないのでしょうから仕方がないのですが。

私たちは、そのファベーラの近くを通りかかっただけです。
でも、彼らの生活レベルの低さはひしひしと伝わってきました。

好奇心旺盛なNINAとしては、ちょっと中に足を踏み入れて見たい気もしますが、
やっぱり治安も最悪だそうで、OKはもらえませんでした。

こんな貧富の差を目の当たりにしたのははじめての事で、
めちゃめちゃショックを受けてしまいました。


さて、そうこうしているうちに、サンパウロの郊外・TICOの両親の家に到着です。

実は、私たちサプライズで行ったので、お母さんの驚きようといったら!!!!!!
TICOったら、朝電話をかけて、「日本はまだ寒いよ〜」なんてうそをつく
念の入れようで、まさかサンパウロまで来ているなんて思いもよらなかったに違いありません。

あまりにもお母さんが感激して大泣きするのを見て、NINAも初対面なのに
泣いちゃいました・・・へへ;
お姑さんといきなりわーわー泣きながら抱き合って。大好きなお友達に再会したように
感じられました。

さて、涙の再会の翌日、早速私のリクエストで、電車に乗ってお出かけすることに。

なぜ電車に乗ってみたかったのか・・・

「セントラルステーション」というブラジル映画をご覧になった方はいらっしゃるでしょうか?
ブラジル旅行の少し前に見たのですが、その中に、人々が電車に乗り込むシーンがあり、
なんと、駆け込み乗車どころか窓からどんどん乗っていくのです。

え〜っこんなのありー!?

もちろんブラジルでは電車に乗る人は低所得層の人に限られているのですが、そのシーンが
強烈に印象に残ってしまったのです。

TICOが私をどうしてもブラジル旅行に連れて行きたがった1つの理由は、
私にブラジルを好きになってほしい、ということだったようです。それで、
きれいなところだけを見せようとたくらんでいたようですが、そうは問屋が卸さない!!

だってせっかく行くなら、ブラジルのいいところも悪いところも全部みたいではありませんか?
どっちにしても、昨日の段階でファベーラを見てしまったのですからしょうがないのですけれどね。

わくわくどきどきしながらの乗車です。お母さんも一緒です。

残念ながら、私たちが乗った駅ではみなきちんとドアから乗車・・・あ〜つまんないよー。
そして次の駅。

停車するとき、ものすごいゴムの焦げる臭いに閉口してしまいました(T_T)
キーッッというすごい騒音付。いろいろな国で電車は利用してきましたが、こんなの初体験です。
クーラーがついていないため、窓を全開にしているので本当に耐え難い状況でした。

でも、この駅では、ついに!!窓からさっそうと飛び乗る人々を見ることができました!!
次の駅でも次でも・・・と結構乗ってくるのです!!窓から。

もう1つ、面白いことがありました。

サンパウロのセントラルに近づくにつれて、とても込んできたのですが、
その中に物売りがたくさん混じっていたのです。
独特の歌うようなリズムに乗って♪  「水、コーラ、1レアルだよー」「チョコレートも2個で1レアルー」・・・そんな具合です。

満員電車で、大きなバッグを抱えて車内を歩くので、結構迷惑でもあります。

さらに何か売っているのならまだいいのですが、何もせずにお金だけ頼んでいる人もいました。

ちなみにこれらの行為は本当は禁じられているようです。でも、たくましいブラジル人、そんなことではめげません。

工場があまってしまった商品を捨てる直前に安く買って、つかまらないように
1〜2区間売ったら下車して、次の電車に乗り込んで・・・ということを繰り返しているようです。

貧しくても、生き延びてやる!!というたくましさを感じさせられた光景でした。


ようやくセントラルに着きました。ゴムと人々の汗の臭いで死にそうな状況からやっと開放です!
ここで地下鉄に乗り換えます。

郊外からやってくる電車とは大違いで、地下鉄はかなり快適でした。
ロンドンなどの地下鉄と違い、新しいというのも理由だと思います。

乗客もスーツを着ていたり、明らかに客層が違います。

セントラルでは、サンパウロ美術館を見学して、FOGO DE CHAO(フォゴ デ ション)という
おしゃれで超おいしいシュラスカリアで舌鼓を打ち、
TERRCO ITALIA (テハッソ イタリア←ここもおしゃれでお勧めの場所です。)でお茶をしたあとは、
美しいイビラプエラ公園を散歩・・・

サンパウロのよい部分を堪能してその日はすごしました。

電車のショックはどこへやら、幸せな一日を過ごしました。
TICOの「ブラジル好きになれ!作戦」は成功した模様です。(そうでなくても電車に乗ってた人たちの
たくましく明るい生き方もNINAは好きでした!!)

サンパウロにはいい劇場もあり演劇なども盛んなので、次回はぜひ行きたいですね。

サンパウロには計2週間ほど滞在しましたが、観光のほかはTICOの祖父母・いとこたち・
友達などを訪ねて過ごしました。みな大歓迎してくれましたが、日系人の方の家族は、
私が日本人であるということをとても喜んで歓迎してくれました。

特に祖父母は、自分の息子がブラジル人女性と結婚することに相当反対したようなので、
孫が日本人と結婚したことにとても誇りを感じているようです。

ブラジルに住む日系人、特に一世の方たちは今の日本人よりずーっと日本人であるということに
誇りを感じているんだなあと感じました。
話の端々にも「義理」だの「人情」だのと普通に出てくるのです。

お祖父さんは戦前の移民ですが、1990年ごろ始めて日本に里帰りしたそうです。
アメリカに影響を受けまくっている日本に幻滅して、もう2度と帰って来たくない・・・とおっしゃっていたのがとても印象的でした。

(まあ、おすしが食べたいというおじいさんをアトムボーイに連れて行くTICOも悪かったのでしょう・・・・)

古き良き日本を心にとどめておきたいのでしょうね。

面白いことに、彼らは自分たちがブラジルに住んでおきながら、ブラジル人のことを
「外人」と呼んで区別しているのです。
それ自体は差別っぽくてよくないのかも知れません。が、日本人であることに
自信を持ち大切にするという点は見習うべきなのかも知れません。

TICOは三世なので、自分のことは完全なブラジル人だと思っているようですが、
自分の日本の姓をとても大切に思っているのは、この祖父母の影響を受けているのだと思いました。

とにかく、ブラジル・サンパウロに住んでいる私の新しい家族にようやく対面できてよかったです。
地球の裏側に自分の家族がいる、というのも悪くありません。

サンパウロの旅を終えて、ブラジルがますます好きになってしまいました。




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